労働事件裁判例のご紹介➁
前回から引き続き、実際の労働事件の裁判例を紹介していきます。特に、近時における、会社の主張が認められた裁判例を紹介しますので、皆様の労務管理の参考としていただけますと幸いです。
今回は、退職勧奨の末に締結された退職の合意が有効であると認められた事件です(札幌高裁令和4.3.8)。
【裁判の概要】
会社は、社員Xに問題が多いことから、退職勧奨を行い、Xへ退職を促すこととしました。話合いの末、Xも自主退職することを了承し、退職の合意がなされました。しかし、後日になってXは、退職合意は本意ではなく無効である、などと主張して裁判を起こしました。
これに対して1審の裁判所は、Xには退職に関して十分に検討する機会が与えられていなかったため、退職について「確定的な意思表示」があったとは認められないとして、退職合意を無効と判断しました。
【裁判所の判断】
これに対して控訴審である高等裁判所は、①話合い(退職勧奨)の場で、X自身が長時間にわたって考えを述べ、様々な主張をしていたこと、②会社側で退職勧奨に臨んだのは2名のみで、長時間の詰問や厳しく退職を迫ることはなく、応じない場合の処分(懲戒解雇など)を示唆するようなこともなかったことを重視し、Xには「確定的な退職の意思があった」として退職合意を有効と判断しました。
【ポイント】
本件では1審と2審で真逆の判断がなされましたが、根底にある考え方は「退職の意思が確定的なものか」(本人が十分に検討した末の真意か)というもので、共通しています。違うのは、2審では退職勧奨の場でのやり取りを細かく確認し、上記①②を認定した点と考えられます。つまり、退職勧奨で実際にどのようなやり取りがされていたのか、という点を詳細にみた末の判断といえるでしょう。
本事案からは、退職勧奨を行うに当たって重要な点が分かります。すなわち、会社としては、大人数や長時間といった、圧迫や脅迫と思われるような退職勧奨は避け、相手方には自由に発言させること。そして、話合いの際には会話を録音して、適切な対応を講じたことを記録として残しておく、ということが重要といえます。本事案でも、当時のやり取りの録音を証拠として提出できたことが、決め手の一つだったといえるでしょう。
なお、本事案では退職合意は口頭でのみされていて、書面は残っていませんでした。それでも合意は有効とされましたが、安全のためにもやはり合意書面は作成するべきでしょう。
Atty’s chat
今年のお盆休みは岩手県へ旅行し、平泉での仏閣巡り、岩泉での龍泉洞(鍾乳洞)観光を楽しんできました。平泉は初めてでしたが、中尊寺や無量光院跡など、往時の繁栄を思わせる場所に立ち寄り、まさに「兵どもが夢の跡」に思いを馳せてきました。 (2025年9月1日 文責:越田 洋介)
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