労働事件裁判例のご紹介③

実際の労働事件の裁判例を紹介するシリーズの第3回目です。

近時における、会社の主張が認められた裁判例を紹介しますので、皆様の労務管理の参考としていただけますと幸いです。

 

今回は、懲戒解雇した従業員への退職金を全額不支給としたことについて、これが適法であると認められた事件です(東京高裁令和3.2.24)。

 

【裁判の概要】
会社は、社員Xが会社の機密情報を私的に漏洩していたことなどを理由に、Xを懲戒解雇し、その上で退職金についても全額を不支給としました。
Xがこれを裁判で争ったところ、1審では全額不支給は違法であるとして一部(3割)の支給が命じられました。そこで、会社はこれを不服として控訴しました。

【裁判所の判断】
これに対して控訴審である高等裁判所は、Xが本件で解雇された具体的な理由(問題行為)と、Xのこれまでの会社への貢献度を考慮して、全額不支給とした会社の判断が信義則上許されないものではないとして、全額不支給が適法であると判断しました。

【ポイント】
本件でも1審と2審で判断が分かれていますが、1審も2審も、①解雇の具体的な理由(問題行為)と②労働者の会社への貢献度を考慮するという、基本的な考え方は同じでした。ただ、1審は①と②を同程度に捉えて「これまでの貢献を打ち消すほどの問題行為でなければならない」と考えたのに対して、2審は前提として会社の判断を尊重した上で「問題行為をしてなお退職金を支払うべきほどの貢献がなければならない」という考え方をしました。このような考え方の違いから、判断が分かれたと思われます。

実は、1審と2審の考え方のどちらが正しいか、結論が出たわけではありません。依然として1審の考え方をする裁判官も多数いると思われます。

そのため、会社として退職金不支給の決定をするに際しては、①と②のバランスを慎重に見極める必要があります。もっとも、逆に言えば、少なくとも「これまでの貢献を打ち消すほどの問題行為があった」といえるのであれば、全額不支給が適法となり得ると考えることができるでしょう。

また、「問題行為はあったが全額不支給まではしがたい」という場合に備えて、就業規則には、退職金を一部減額できる旨の規定も定めておくとよいでしょう。

 

Atty’s  chat

先日、伊豆へ小旅行に行き、修善寺と願成就院へお参りしてきました。願成就院は伊豆長岡にあり、運慶作の仏像が5体も拝観できることで有名なお寺です。運慶作の仏像は全国でも20体ほどといわれているので(諸説あり)、歴史的価値の高さがわかります。現在、東京博物館では興福寺北円堂の運慶仏が特別展示されているので、こちらも是非見に行きたいと思っています。                                                                                                (2025年10月17日  文責:越田 洋介)