判例 過度な新人研修の適法性

「広島地方裁判所福山支部判決平成30年2月22日判決」(株式会社サニックス事件)

 

はじめに

 今回は、過度な新人研修によって、従業員が怪我やその後遺症を負ってしまった場合に、会社が損害賠償責任を負うのかどうかという点についての判断を示した裁判例をご紹介させていただきます。

 本裁判例は、結論としては会社の責任をほぼ全面的に認めています。そして、その判断過程を見ると一定の基準が読み取れます。今後の新人研修実施の際の参考にしていただけると幸いです。

 

第1 事案の概要

 従業員X(原告)は、Y社(被告)で行われた新人研修の際に、5時間以内に24kmを歩くという訓練(以下「スピリッツ」という。)を受けた。

それによりXは、右足関節離断性骨軟骨炎及びその後遺障害を発症するなど、障害を残すこととなった。そこでXがYに対し、主位的に不法行為に基づく損害賠償請求及び予備的に債務不履行に基づく損害賠償請求をした。

 

第2 裁判所の判断

1 結論

⑴ 主位的請求について

   Yが研修参加者の安全について一定の配慮をしていることから、不法行為の原因となる過失は認められない。

   Xの請求は棄却された。

 

⑵ 予備的請求について

   債務不履行の原因となる安全配慮義務違反がある。

   Xの請求は、請求金額である2222万4145円のうち、1592万1515円の請求が認められた。

 

2 判断過程

⑴ 安全配慮義務についての一般論

    被告は、使用者として、労働者である原告に対して、「労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保

   しつつ労働することができるよう、必要な配慮をすべき」安全配慮義務、すなわち「労働者が労務提供のために設置

   する場所、設備若しくは器具等を使用しまたは使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及

   び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」を負っている。

   (労働契約法5条、最高裁昭和59年4月10日判決民集38巻6号557頁)

 

⑵ 本件でYに安全配慮義務違反があったか

    下記理由により、本件でYには安全配慮義務違反が認められる。

    ア Yは研修参加者の外出を禁止しており、参加者が自己の意思で医療 機関を受診する機会を奪っているにもか

      かわらず、医療機関の受診に積極的ではない。

    イ スピリッツは参加者全員が完歩することを目的としており、参加者 の年齢が幅広く、体力にも大きな差があ

      るにもかかわらず、個人差や運動経験の有無等に全く配慮していない点で無理があるプログラムである。

    ウ Xが歩行訓練中に転倒して右足関節を痛め、歩行訓練の中断や病院 受診を求めても、これを拒絶して歩行訓

      練を継続し、スピリッツに参加させたことがXの現在の症状の原因となっている。

 

第3 考察

 この判決ではYの責任が認められているが、その理由としては「24kmを5時間で歩かせること」自体の不合理性に加えて、その実施方法も挙げられている。例えば①参加者が何らかの怪我をした際にはすぐに医療機関を受診させる体制を整え、②参加者の年齢や運動経験の有無を十分に考慮したチーム編成にし、かつ③参加者からの中断要請があったら中断するなどの方法で実施していたら、ここまでYの責任が認められることは無かった可能性があると言える。

 

 

(平成30年10月10日発行 文責:佐山洸二郎)